プロ野球の世界からラーメンの道へ。

横浜DeNAベイスターズ、そしてアメリカのインディアンス(現在のガーディアンズ)へ。プロ野球という勝負の世界で生きてきた小林さんが、引退後の新しいステージに選んだのは「ラーメン」でした。そこには、アスリートとして培った真っ直ぐな視点と、心の奥にある温かな決意が込められています。
アメリカで感じた「もどかしさ」から始まった夢
きっかけは、アメリカで野球をしていた頃のことでした。当時の現地で食べ歩いたラーメンが、日本で親しんできた味とは程遠いことに、小林さんはある種の驚きと、どこかもどかしさを感じたといいます。
「これなら、自分で作ったほうが美味しいものが届けられるのではないか」。
その素朴な確信を胸に、まずは日本でラーメン屋を始めるため修行を開始します。修行先はアメリカのボストン。異国の地で得た学びを日本へ持ち帰るという、少し珍しい「逆輸入ラーメン」でお店をスタートします。
帰国後の2016年、ハーバード大学の近くで学んだ経験を大切に、日本の東京大学のすぐそば、文京区白山に最初のお店を構えます。
初めは1年に1店舗の展開予定でしたが、スタッフ、メンバーに恵まれ会社自体も大きく成長し、現在は条件が揃えばどんどん出店していこう!という意気込みで増やしています。
憧れの味「富士丸」への深い敬愛と感謝
小林さんのラーメンの原点は、高校時代から通い詰めた名店、北区の王子神谷にある「富士丸」にあります。プロ野球選手になってからも通い続けたその味で育ってきたと言います。
自分の店を立ち上げた後も日中は自分の店で働き、夜は「富士丸」の本店で修行させてもらう日々を2・3年続けたというエピソードからは、憧れの味に対する深い敬愛と、基礎を疎かにしない誠実さが伝わってきます。今の彼が提供する一杯には、そんな感謝の気持ちがたっぷりと詰まっています!
「好き」という気持ちが、何よりの力になる
お店を運営する中で、中心になっているスタッフに共通することは 「技術や経験よりも、まずはやる気があること。そして、ラーメンが好きであること」。
彼は、ラーメン屋の仕事を「誰にでもできるけれど、飲食店の中ではスキルが必要で責任感も必要」だと捉えています。だからこそ、働くスタッフにはたくさんの経験を積んでほしい、そして経験を積んだ暁には独立をしてほしいと考えています。
「ここで働きたい!」と思ってもらえる会社づくり
経営陣で”何でラーメン屋で働くのか”をよく考えており、さらにラーメン屋の中でも何で「俺の生きる道」に残ってくれているのかを常日頃から考え続けているという小林さん。
「自分で店を出すのと、この会社に残るのを天秤にかけたとき、ここで働き続けたいと思ってもらえるような会社づくりをしていきたい」こう語っています。
自由な働き方をしたい人は「俺の生きる道」へ!
休みも希望制で自由に取れ、他のラーメン屋に比べると1店舗当たりの人が多いのが特徴。その分一人当たりの負担軽減に繋がっています。そして嬉しいのは選べる働き方。ステップアップしたい、もっと稼ぎたいという方にも働きやすい環境を用意しています。
ラーメンでやって行きたい!将来独立したい!という方にはぴったりの環境です!
最後に
「運動部出身の方、気合の入った方は大歓迎です!」。 そう語る小林さん。肩書きや過去の経歴ではなく、今この瞬間の「好き」という気持ちを大切にする、そんな小林さんと働けたらどんどん成長していけるのだろうなと感じました。



